初出 田崎清忠主催
Writers Studios
2019年 11月24日

散策思索 20

Denmark 探索08

Copenhagen Revisited

コペンハーゲン再訪

 

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Denmark 探索08-コペンハーゲン再訪

北田 敬子

Jutland半島最北端のSkagenを訪問した晩、私たちは列車でAalborgへ戻った。前夜のようにまた夕食を食べ損なってはたまらない。きっとレストランの集まる界隈に出くわすだろうと一駅前で降り、街中を抜けてホテルの方角に向かう。北欧の夏の夜は長い。店はどこも競うようにテラス席を張り出し、人々は戸外で飲食を楽しんでいる。どんな人生を語り合っているのだろう。例え母娘で旅をしていても、日暮れ時は疲労と共に寂莫たる思いに駆られる。幸い広場の一角に手ごろな店を見つけた。テラス席だと他人が食べているものを観察してから店に入れるのでありがたい。

結局Aalborgの街では食べて泊まっただけでどこも見物せず、翌朝は空港へ直行した。再びCopenhagenでDenmark旅行の最後を締めくくろうという算段だ。ローカル空港は閑散としていた。搭乗前に辺りを見回すと、Aalborg空港からEdinburghやDublinへの直行便が出ている。Denmarkの北のはずれまで来ると、北欧諸国のみならずScotlandやIrelandへも近いことが実感できる。(「行こうと思えば行けない場所ではない!」という気持ちがむくむくと湧き上がる。)私たちはタラップを上って、プロペラ機でAalborgを飛び立った。

一週間ぶりのCopenhagen。中央駅ではなく、Norport駅から屋外の生鮮食品市場と屋内の市場を併設するTorvehallerneKBHに行き、迷わずカウンター席でアジアの丼料理を注文した。帰国直前だというのに、白米に飢えていた。腹ごしらえの後、繁華街を歩き回って土産物を物色しようと計画していたが、サブカルチャーに関心を寄せる娘の「デンマークにおける日本のアニメ・漫画・ゲーム受容の実態を知りたい」という要望により、AarhusでJacobに教えてもらったFANTASKという書店を探すことから始めた。Jacobは丈高く落ち着いた学究ながら、実はこだわりの趣味をいくつも持つ。そのうちの一つが実は日本の漫画であった。AarhusでのHyggeの最中に娘の関心に耳を傾けると、「フーム」と言って席を立ち、しばらくすると持ってきた冊子をドサッと私たちの目の前に置いた。「これは?」と手に取ってみると5〜6巻からなるDenmark語版『子連れ狼』の漫画本だった。すかさずベディアが「Jacobはそういう蔵書をとても大切にしているの。変な折り目なんか付けたら大変なのよ」と明かしてくれた。よもやDenmarkの家庭で大五郎に会えるとは思わなかった。Jacobは詳しくFANTASKへの順路を説明してくれた。

FANTASKは路地の奥、建物の半地下にあった。恐る恐る足を踏み入れると、どの棚も様々なサブカル系の書籍やゲームソフト、DVDなどで埋まっている。始めはその物量に圧倒されて日本のものがどこにあるか見当もつかなかったのだが、次第に目が慣れてくると何とはなしに分類が見分けられるようになり、さらにもう半分地下に降りたところが日本製品のコーナーだった。少女漫画もあればONE PIECEやポケモンもあり、『孤独のグルメ』(のDenmark語訳)も。日本ではそのような書籍の英語版は見たことがある。しかし、Denmark語版とはさすがに初対面だった。

それまであちこちの街でふらりと入った一般の書店に村上春樹の作品(Denmark語版)が並んでいるのは何度か目にしていた。「さすがにハルキ・ムラカミは読まれているのだな」と実感した。しかし、Denmarkの書店にはそもそも漫画コーナーなどはない。そこが日本の本屋との大きな違いだ。今や日本の書店の販売面積の何割を漫画が占めているだろう?(それをここで由々しき事態と論じるつもりはない。)したがって、世に喧伝されるヨーロッパにおける”Japanime”ブームなど、噂に過ぎないのかと鼻白む思いでいた。ところが、表通りを外れたところにFANTASKのような隠れスポットがある。レジには日本のスナック菓子「ポッキー」が並んでいた。カウチポテトならぬ、「ポッキー食べながら漫画をどうぞ」というわけか。何となくこそばゆい思いで、私たちはFANTASKを後にした。―蛇足ながらAarhusで私たちをいくつもの博物館に案内してくれた中学生Anna Hazelは、アメリカ映画になったGhost in the ShellAlita: Battle Angel を観たばかりだったという。(それぞれ原作は、知る人ぞ知る日本の漫画『攻殻機動隊』と『銃夢』。)

明けて最後の朝。Copenhagen空港へ行く前の半日、私たちは猛然と歩いた。この度のホテルはKongens Nytorv駅に近い河岸が目の前だったので、荷物をフロントに預けて水際を北へ。前週に観光船から見た場所を数珠つなぎにKastellet要塞を目指す。ハイライトは帰路立ち寄ったDesignmuseum Denmark(デザイン博物館デンマーク)だったが、「世界三大がっかり名所」(の一つ)という不名誉な中傷を受けているDen Lille Havfrue(人魚の像)を目の前で見られたことを記しておこう。昨今はDisney映画のLittle Mermaidが人気を博しているけれど、もともとはアンデルセン原作の、人間の王子との愛を成就できずに泡と消えた人魚の乙女である。この像が観光客をがっかりさせるのは、期待よりずっと小さな姿をしているから、そして派手なところのない余りにも慎ましやかな様子だからということらしい。だが私はこのブロンズ像を見た途端、前日にGrenenで見た渚に打ち上げられたアザラシの子を思い出した。人魚の下半身はあのアザラシにそっくりだ。陸に上がってなす術のないいたいけな様子も同じ。聞くところによるとこの像は何度も心無い人間によって壊されたり汚されたり海に落とされたりしたという。その度に修復されてCopenhagenの名所として存在し続けている。像の周りには早朝から観光客が大勢いた。

前回1987年に私がCopenhagenを訪れたときは、人魚の像を見ていない。Aarhusに滞在する夫の元へ行く前の一日、オランダのAmsterdam経由でCopenhagenに着いた私のスーツケースは行方不明になっていた。その荷物が見つかるまで私は手回り品以外何も持っていないに等しかった。3月のことゆえ、路面には分厚い雪が残り海面は凍り付いていた。中央駅からさほど遠くない場所に人魚像はあると聞いていたものの、荷物が行方知れずのまま到着したばかりの寒い街をずんずん歩いて像を見に行く勇気はなかった。「またいつか」と思って駅前のホテルにたどり着くのが精いっぱいだった。

時はめぐり、夫は先に彼岸へ旅立った。当時まだ影も形もなかった娘と共に私は人魚の像の前に佇んでいる。よもや実現するとは思いもよらなかった「またいつか」が訪れ、友人たちとの縁が時空を超えて私たちをDenmarkの地へ誘った。旅する幸いは地上の和平があってこそ。水際の人魚の像は無言で人間たちに「また会える」喜びを伝えていた。(了)

Aalborg Airport (Copenhagen行きプロペラ機)

TorvehallerneKBH (Copenhagen のNorport駅近くのマーケット)

サブカルチャー系ショップFANTASK

(がっかり名所?)人魚の像

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