初出 田崎清忠主催
Writers Studios
2019年 11月24日

散策思索 19

Denmark 探索07

-A Walk to Grenen

(グレーネンへの道)

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Denmark 探索07-A Walk to Grenen (グレーネンへの道)

北田 敬子

街から街へ移動する旅の終わりに近く、私たちはDenmarkの自然を体感する機会を得た。午後遅くにAarhusを出て約一時間半、私たちは一旦Aalborgの駅前に宿を取り、翌日をSkagen (スケーエン、英語読みだとスカーゲン)行きにあてることにした。AalborgはJutland半島の北に位置するDenmark第三の都市。そこからさらに列車で一時間余り北上し、半島の極北の町Skagenへ向かう。最終目的地は半島の先端Grenenだ。そこは、東側のバルト海からの海流と西側の北大西洋(北海)からの海流の出会うところ。二つの海流がぶつかる海を見るために観光客が引きも切らないという。

Skagenで鉄路は途絶えていた。海の香りがする。海産物か、海鮮料理の匂いかもしれない。明るく晴れ渡った街に踏み出し、テラス席の並ぶこじんまりしたメインストリートを抜けて港の方角へ向かい、案内所で地図をもらう。地図を頼りにGrenenまで歩いていく予定だった。ほとんど高低差のない土地柄でもあり、方角も分かりやすい。迷うことはないだろう。私たちは北へ向かった。

静かだ。ごくたまに観光客とすれ違うことはあってもほとんど誰もいない。市街地はすぐに途切れ、間もなく茫々たる野原へ出た。東側の海岸近く、小高い丘の上に大きな建造物が見えた。それは今までに一度も見たことのない、ポールを組み合わせたやぐら状の巨大な手押しポンブか掘削機のような形をしている。そばによると説明版があったが、デンマーク語の文字列のみで判読できない。丘の頂上からは海が見張らせる。港に出入りする船や湧き上がる雲が朝の光を浴びている。(その時には分からなかったのだが、後から調べてみるとその建造物は17世紀の「跳ね上げ式灯台」だった。柄の先にぶら下がる籠の中に石炭を燃やして高く掲げる仕組みになっており、現在は夏至の頃再現されることもあるという。)

丘を下りて、所々にヒースの咲く野原の一本道を歩き続ける。一団の自転車が向かい側から駆け抜けて行った。同じ色柄のゼッケンを付けているところを見ると、サイクリングツアーの一行のようだ。そうか、歩くよりこの国では自転車ならもっとずっと広い範囲が見て回れるのだった。

ようやく野原を抜けて車道に出たところで、私たちは突然一人のサイクリストに声をかけられた。その女性は「多分あなた方は私をご存知しょう?」と言う。はて、DenmarkにAarhusの友人たち以外に知り合いはいないはずだが、もしかすると日本で会ったことのある人だろうかと、私はめまぐるしく記憶をたどる。彼女は笑って、「私はOdenseのMette」と種明かしをした。なんと、あの民泊の女主人だった。
「よく私たちがお分かりになりましたね。」
「最初に娘さんの方に気付いたの。」
「どうしてここに?」
「夫と二人でサイクリングしているところ。私たちこの近くにヴィラを持っているので休暇に来ているのよ。いいところでしょう?帰りにSkagen美術館に寄るのを忘れないで。」
そう言うと彼女は通りの向こうで待つ夫君と共に行ってしまった。Odenseではろくろく話す機会もなかったのに、私たちのことを覚えていてこんな野原で見つけてくれたとは!いくら小さな国土とはいえ、稀有な邂逅だった。

車道沿いにさらに歩き続け、ようやくGrenenの駐車場・休息所に着いたのはもう昼過ぎだった。そこから岬の先端まではまだ距離がある。私たちはカフェで腹ごしらえをして残りの行程を歩くことにした。(Denmarkはどこへ行っても旨いサンドイッチには事欠かない。)照りつける8月の海辺とはいえ、肌にへばりつくような湿気はないので小休止で十分元気回復になる。

いざ歩き出すと今度は足が深く沈む砂浜になった。車で到着したらしい大勢の観光客が列をなして浜辺の北端に向かう。戻ってくる人々とも行違う。どの顔も解放感に満ちている。足元の悪さを除けばこんな気持ちの良い散策もない。広がる海。吹き抜ける風。人の後ろについて歩いていたら、「よけて!よけて!」と呼ばわる声がした。一人の男性が水際で交通整理をしている。何事かと見回すとそこにアザラシの子がいた。「ママが戻ってくるまでここにおいてやる。誰も触らないように。はい、迂回して!」と声を張り上げている。子アザラシは母親からはぐれて漂着したようだった。皆、その小さな海獣を遠巻きにして先へ行く。私も何度も振り返りながら列に従った。

ようやく到着した目的地には特に何の目印も施設もなく、ただ砂浜が細長く伸びて海に消えているだけ。その先には確かにぶつかる海流が渦巻き、波立ち、人々は狂喜してできるだけそばに寄ろうと水の中に歩み入る。いくら見ても見飽きない去りがたい場所だった。この浜辺から入日を眺めるのは格別だという。夕刻を目指して訪れる人も多い。砂浜のはずれにSandormenというトラックターに引かれるバスが止まっていた。それに乗れば砂浜散歩が省略できる。もちろん私たちは横目で見ただけだったが。再び砂浜を戻るとき、子アザラシと交通整理の男性はまだそこにいた。母アザラシがその子を連れ戻しに来る可能性はないだろう。それだけで童話になりそうだ。「アンデルセンの国だ」と思う一瞬だった。

さすがに、Skagenの街まではバスで帰ることにした。日中延々歩いた距離をバスだとせいぜい30分程度。あっけなかった。Aalborg行きの列車の時刻をにらみながら、私たちはSkagens Museum(スケーエン美術館)で残りの時間を過ごした。1830年代から1930年代にかけてSkagenは多くの画家たちの集う芸術村だった。美術館にはその中心にいたMichael & Anna Anchers夫妻の作品を始め、多彩な絵画が展示されている。SkagenからGrenenにかけての海辺に繰り広げられる人々の暮らしや、美しくも荒々しい海の景観が描かれた作品にはどれも静謐さが漂う。見てきたばかりの風景が絵画となって目の前に現れると、得も言われぬ感慨に満たされる。Denmarkの洗練されたデザインもよいが、絵画芸術には時代を超えたインパクトがある。

かくて私たちはAalborgへ戻った。たった数時間の滞在で次へ移動する旅は目まぐるしく、できればもっとじっくりその場所を味わっていたいという気持ちを残しながら。しかし、実体験は何と貴重な瞬間だろう!Grenenでぶつかる波は今も私の中に渦巻いている。

17世紀の「跳ね上げ式灯台」遺跡

浜辺に打ち上げられたアザラシの子ども

砂浜の移動用Sandormen

東西から寄せる海流のぶつかるところ


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