New Zealand紀行
「光を観に行く」
初出 田崎清忠催
Writers Studios


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Traveling in
New Zealand

New Zealand紀行

「光を観に行く」

1 海外旅行に行く理由 (1) (2)
2 降っても照っても (1) (2)
3 氷河と銀嶺 (1) (2)
4 カーヴする鉄路 (1) (2)
5 よみがえる街角 (1) (2)
6 海へゆくもの (1) (2)

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New Zealand紀行 「光を観に行く」

2 降っても照っても

K. Kitada

(2)

 翌朝もホテルの前でRouteburn Trackへ行くピックアップを待った。今度はバンが止まり、青年が降りてきて握手した。「英語、大丈夫ですか。日本語でもサポートしますが今日のグループは英語のガイドということになっていますのでよろしく」との挨拶。車の中には既にイギリス人老夫妻が乗っており、途中で更にオーストラリア女性を一人乗せた。合計5名の旅行客で構成されるミニツアーだった。NZに既に12年住んでいる日本人ガイドは、結婚したNZ人女性との間に子供が生まれたばかりという。元は林業関係の日本企業で働いていたが出張で来たNZに惹きつけられ、山岳専門ガイドに転向。NZのオフシーズンには日本からヨーロッパの山へツアー客を引率していくという。

Routeburn Trackではシダ類や苔むす木の根、倒木の次なる世代への循環など湿潤な植生が観察できる。ブナの原生林を行く彼の案内は豊富な知識と経験に裏付けられた優れたものだった。時々立ち止まっては、植物を指さしたり葉っぱをちぎって私たち全員に配り、匂いを嗅いだり感触を味あわせたりしながら植物の特徴を語り、岩石や地形また渓流についても分かりやすい解説を加える。けれども私が最も感銘を受けたのは、彼の英語だった。その声量とクリアーな発声が「よく伝わる英語」なのである。日本語の特徴を残す発音に誰も文句は言わないだろう。説明は簡潔で無駄がない。おまけにどんな質問もはぐらかすことなく、ユーモアに包んだ受け答えが堂に入っている。イギリス人もオーストラリア人も彼の解説に熱心に耳を傾けていた。このガイドに率いられて私たちは和気藹々と歩いた。

 全員で6人のグループだから国別に固まることもなく、後になり先になり自然に混じり合って会話も弾む。このツアーは弁当付きだった。途中の村で彼が受け取ってきた袋にはチキンサンドイッチと焼きたての大きなクッキー、それにNZ産の小ぶりなリンゴが一個ずつ入っていた。山小屋で彼はお湯を沸かし各人の好みに合わせてコーヒーや紅茶、ココアなどを淹れてくれる。その手なれて要領の良いサービスぶりは、気取らないNZ流のもてなし方と感じられた。山道をたどりながらイギリスのCambridgeから来たというご婦人と語らううち、彼女はスペイン語を高校生に教えてきた教師でしばらく前に退職したことや、生徒の中にはつい先ごろ逝去した物理学者のHawking博士の息子もいたことなどを知った。ご夫君の方は仕事で福岡にいたこともあるそうで、まだ退職する決心がつかないのだとか。退職したての私は苦笑い。同世代の話題は国を問わない。この頃には海外旅行の緊張感や気負いが私の中から消えていた。それはNZならではのことなのかも知れない。英語を学びに海外へという若い頃の背伸びはもうない。初対面の人々ともざっくばらんに語り合える。それは語学力云々ではなく、経験値がモノを言うらしい。若い日本からの移住者はNZで生き生きと働いている。英語だとか日本語だとか区別せず両者を自由に行き来しながら。あのガイドのように明快に発声すれば必ず伝わる。日本の学生たちに知ってほしいことだ。

 その翌日はカラリと晴れた。娘と私はQueenstownのLake Wakatipuを巡航する蒸気船に乗った。Milford Soundクルーズとは対照的な青空と湖の青さに染まりながら、かなたの雪山を眺め陽光を楽しんだ。様々な光を愛でる旅。降っても照っても異国の光は魅力的だ。観光客を気さくに迎え入れるNZの輝きに心身がすっかり寛いできたようだった。(続く)


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