初出 田崎清忠主催
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2026年 5月13日

散策思索 53

「五月の光と陰」


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散策思索53

「五月の光と陰」

北田 敬子

東京郊外の私の住む街の鮨屋の店先に「豊洲直送」という幟を見かけるようになって久しい。腕自慢の店主がわざわざアピールするくらいだから、今や東京で鮮魚を食べるなら「豊洲発」であることが売りになったということか。東京中央卸売市場は「築地」だったのにとぼやくのももう時代遅れだ。「豊洲」に私はほとんど足を向けたことが無かった。

ところが先日、私は地下鉄日比谷線の「豊洲駅」に降り立った。魚河岸に行くためではない。目指すは有明防災公園(正式名称は「東京臨海広域防災公園」)。五月三日憲法記念日に毎年開かれる護憲派の集会がどんなものか、見物しに行った。本当はゆりかもめの有明駅から行けばずっと近いのだけれど、いつもの癖であたりをぶらつきながら街の雰囲気を味わってみたかった。駅前の晴海通り交差点は広々として五月の空は明るかった。海風が心地よい。歩道の端には自転車専用レーンが設けられているので歩行者はのびのび歩ける。

晴海通りの商業地区は直ぐ途絶え、行けども行けども区分けされた草地が拡がるばかり。りんかい線の東雲駅を眺めながら首都高速湾岸線の下をくぐる。早くも辺りには夏草が生い茂り、日が落ちたらひどく寂しい場所になることだろうと思った。すると高台に赤いランプの点滅する車両が見えて来た。近付いてみると護送車だった。階段を上がった先の高台には警官が何人も立っている。こんもりした茂みの先に防災公園が見えてきた。広場の芝生にはたくさんの人が集まっているが、ビッシリというほどではない。公園に足を踏み入れた時は既に集会のピークを過ぎ、中央のステージでは最後のスピーカーが紹介されて演説を始めたところだった。広い空間の西には東京ビッグサイトの屋根や、テレコムセンタービルなどが見える。人の塊を縫うように、私は会場の芝生を歩き回ってみた。

所属するグループの旗を立てている人たち、思い思いの手書きプラカードを拡げている人たち、小さなスケッチブックに絵や文字を描いて見せている人たち、Tシャツのロゴに主張を込めている人たち、親子連れ、若いカップル、老夫婦、車椅子に乗る人・それを押す人、音楽を演奏するグループ、学生団体、市町村の有志連合、犬を連れた人、シャボン玉を飛ばす子供、僧侶の一団、明らかに一人で来た人たち等々。多彩な参加者は思い思いの格好で芝生の上に座ったり、寝そべったり、ベンチで飲み食いしたり、用意してきた物品や印刷物を並べて売ったり、なんともゆるく気ままな雰囲気でたむろしているのだった。政党も来ていた。だが、特定の政治色は希薄だった。憲法記念日に護憲を訴える人々は、かつての安保闘争や学生運動の時代に都心や大学キャンパスで気炎(シュプレヒコール)を上げていたデモ隊の激しさとはおよそ異質の集まりだった。

一枚のプラカードに曰く、”NO, WAR! YES, PEACE!” 改憲に異を唱える最短の主張か。                  

私が「見物しに来た」とは腰の据わらない物言いだと自覚している。集会にまともに参加する気なら、もっと早く到着して会場を子細に観察し、自分でもスケッチブックの一つも広げて何らかの自己表明をしなくてはならなかったはずだ。国内外の状況を憂うるなら、憂いの元を探り当てる言葉を生み出す努力が必要だった。少なくとも豊洲駅からぶらぶら歩くなどという酔狂を起こさず、最短ルートを辿る選択もあった。だが時すでに遅し。全員で歌を歌って集会は終わり、解散の合図とともにこれまた緩やかなパレード(どう見てもデモ行進とは呼び難い)が始まった。年配者も多いので、誰も急がない。芝生の上にはまだピクニック(?)をしている人たちも大勢いる。私は隊列には加わらず、公園を離れた。(単独行動をしていると入るも出るも自由。)後からこの日の報道をチェックしたところ、主催者側の発表で参加者は50,000人だったとのこと。遅れて来た私が頭数に入っていないのは言うまでもない。

帰路は「有明テニスの森」の脇から東雲運河沿いに「豊洲ぐるり公園」をめぐって、隅田川方面を目指す道筋をとった。五月の風はカラリと肌に心地よく、光は強すぎず、水辺の香が鼻をくすぐる。レインボーブリッジを正面に、東京湾の内湾どん詰まりの埠頭に立つと、東京にも海があることを改めて思い出した。関東地方の内陸部に住み都会の片隅を行き来するばかりの身には、目の前に広がる風景が信じられないほどのダイナミズムで迫ってくる。船の往来を見るだけでも視界が広がる。佇む釣り人、付近の施設から漂うバーベキューの匂い、そして広大な豊洲市場の建物群などが海に向かっている。取り立てて戦争とも平和とも関わりのない風景がそこに在った。

実のところ私は4月の終わりにも、国会議事堂前に35,000人が集まった同種の集会を見に行っている。その時にも感じたのは、議事堂前の公園や通りを埋めた人波の賑やかさと、一歩幹線道路を離れた皇居のお堀端の静寂・水辺の美しさのコントラストの強さだった。それは若かった頃、「活動する人たち」と「無関心な人たち」とのコントラストに感じた違和感にも似ている。意外だったのは、今も沿道にずらりと護送車の列が並んでいることだった。往時はごぼう抜きにされたデモ・集会の参加者たちが灰色と薄青に塗り分けられた護送車に積み込まれていった。「デモごっこ」とか「お花畑」と揶揄され冷笑される現代の多様な人の群れが次第に膨れ上がり、いつか思いもよらぬ暴発をするのではないかと恐れる人々がいるのだろうか。私が単なる見物人から積極的な参加者に変貌するのかどうか、今は分からない。ただ、五月の光彩の陰でこの静謐な風景を壊したくないと願ったことは確かだ。遠くの戦が私たちの日常といかに深く結びついているか、実感する時の近いことをとりとめもなく予感しながら。そうなりませんようにと祈りつつ。

「豊洲ぐるり公園」突堤

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