初出 田崎清忠主催
Writers Studios
2023年 7月6日

散策思索 32

「お支払いはどのように?」

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          散策思索32  「お支払いはどのように?」

                                              北田 敬子

「お支払いはどのようになさいますか?」 (“How would you like to pay?”) と聞かれたら、それはほぼ「現金ですか、それともクレジットカードで?」 (“By cash or credit?”) と聞かれたに等しいと、長年私は思いこんでいた。最近の英会話の教科書ではどうなっているだろう?相変わらずのものもあれば、ずっと先を行くものもあるだろう。この辺で、よく調べておいた方がいいかもしれない。

というのも、ここ数年、もっと正確に言うと「コロナ禍」で人々の外出が減り外食産業に大きな打撃があった頃を境に、様々なサービスに変化が起こっているように感じるからだ。人と人との接触に過剰なまでに敏感になっていた時期もある。マスク着用は言うに及ばず、現金の受け渡しや店内での客同士の距離の取り方、入店人数制限など、後から思えばそれにいかほどの効果があったのだろうと首を傾げたくなることも含めて、日本国内ではウィルス拡散防止対策なるものが幅を利かせていた。

その結果、元からオートメーション化の進んでいた回転寿司チェーンでのタッチパネルのみの注文方法など、デジタル機器に馴染の無い世代や、人間によるサービスを当然のことと思って来店する客は目を白黒せざるを得ない場面が増えた。挙句の果ては注文した皿がベルトコンベアーに回収された後、テーブルナンバー付きの請求書を受け付けの機械に投入すればお勘定金額が示され、客側は(例えば)クレジットカードで決済を済ませ、発行されるレシートを受け取って終了。その間、人間の店員やましてやすし職人(そんな人が奥にいるのかどうか?)と接することはまずない。(よって、無法者が店内での狼藉動画をSNSにアップして警察沙汰になる事態が後を絶たない。)水道方式(!)の自動お茶くみサービスは、それなりに合理的で使いやすくはあった。しかし、現状はドライブスルー以上のgo through 方式ではないか?「改革」の果てに行きついたのが、human free(人間はいなくて結構)の世界だったとは。

とは言え、回転寿司チェーンでの支払い方式は、無言の行を別にすれば「現金ですか、それともクレジットカードで?」に近い選択肢がまだ生きている。最後の最後で機械に現金を投入するチョイスもあるのだから。そう、日本国内に限れば現金は依然として優位を保ち、たとえば個人医院などでは現金のみを受け付けているところが依然として多い。支払い側としては、事前に受付可能な方法を把握しておく必要がある。さもないと健康保険証(マイナンバーカード?)を預けて、近隣のATMまで現金確保に走るはめになる。

私の住む街では、私鉄駅の北側と南側に好対照なマーケットが二つある。北側は現金のみ。南側は各種の支払い方法を取り揃え、手薬煉引いて客を待っている。どう見ても北側は押し車を頼りにようやっとたどり着いたお婆様、杖を突いてお運びのお爺様を始め高齢のお客が多い。店頭に付属する八百屋・青果店では旬の果物や野菜を笊盛りで売る。その場での値引き交渉もアリだ。その代わりポイント還元サービスなどはない。ワンフロアのみだから、買い物客はエスカレーターやエレベーターへの乗降の手間もなく、昼時夕餉時を前に人波が寄せては返す。

一方このところ曲者なのが南側のスーパーだ。私鉄系大手企業の名を冠してはいるものの、既に幾度かオーナーが変わり、その度に支払い方式が変わった。「近隣に、ここより安いお店があったらチラシをお持ちください」と言うやよし、ここ数カ月のうちに通常のクレジットカード決済より「お得」だと言って、「〇〇ペイ」なる金融企業のバーコード決済を導入し、それに結びつく「ポイントカード」をスマホアプリに表示させて使うよう推奨。特定の曜日にその方式で買い物すると、ポイントが10倍になるという。以前に使用していたプラスティックカードはゴミになった。プリペイドカードも作成を勧められていたのに、それも無し。(使ったとしても高率のポイント報酬には結びつかない。)しかも、獲得ポイントが表示されるのは数か月後。「どうすれば一番得な買い物ができるのか?」とレジにねじ込んでも、「さぁ、会社に問い合わせてください」と言われるばかり。ごくまれに事情通の店員が「おかしな仕組みですよ。店員にも分かっていない人の方が多いはずです」と耳打ちしてくれた。

そのスーパーに最近増えた「セルフレジ」では、客自身が購入方法を「現金」「クレジットカード」「電子マネー」「バーコード決済」から選ぶ。例えば、最初にスマホ画面のポイントカードのバーコードを、次に品物のバーコードを一つ一つ機械に読み取らせ、最後にバーコード決済の画面をスマホに表示させてレシートを待つ。慣れてしまえばそれくらいの作業はレジの列に並ぶより楽なものだ、と言えるかもしれない。だが、慣れるまでは大変だ。高齢者がサクサクとその作業をこなしているところはついぞ見かけない。最近とみに増えている海外からの移住者は大丈夫だろうか。外国語表記のセルフレジにはまだお目にかかったことがない。

かくてタッチパネルを自在に扱えないと受けられないサービスが増え、多種多様な支払い方式が混在し、ポイント還元報酬を知らないと損をする仕組みに、誰もが追いついているのだろうか?我が町の北側マーケットは、八百屋のお兄さんとの交渉で季節の果物が格安に手に入ることもあるし、レジ打ちの店員との立ち話も健在だ。シニアがそちらに流れるのも頷ける。南側スーパーはスマホアプリが造作なく使える人たちにはお得なのかもしれないが、どうもデジタルディバイドの弊害がありそうだ。公共交通にプリペイドカードを使うことくらいなら、現金でチャージできる分まだ分かりやすい。ただ、持ち合わせがないと分が悪い。カードをスマホアプリに入れて自動支払いにしてしまえば、乗車自体にポイントがつくし、チャージの必要もないときた。

日々更新されていく支払い方法に戸惑っている場合ではなさそうだ。英語の授業の現場も、キャッシュレス社会の仕組みの根本をよく理解し、実践している者にしか使えない用語が溢れている。カタカナ用語と現実の英語表現の乖離にも気を付けなくてはならない。日本語の内側ではプリペイドカードも含む「電子マネー」の直訳はelectric moneyだが、その英語の指し示すものはまったく別の概念だと言われて、デジタル通貨・ビットコインなどの新しい電子的な金融制度がパッとイメージできるかどうか。「電子決済」を表すelectric paymentに、クレジットカード、デビットカードなどの仕組みを含めて「それはつまり」と説明ができるかどうか。少なくとも現代社会において”How would you like to pay?” の意味するところが” By cash or credit?” の二者択一でないことだけは明らかだ。私も(目を回しながら)北側マーケットと南側スーパーの両方で支払いスキルを鍛えておかなくてはと肝に銘じる今日この頃だ。

 

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