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徒歩記 2 

本郷の四季」

--Hongo Wonderland--

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5 軒先


大パノラマからは決して見えない緑もこの街の四季を彩る大切な存在だ。毎日通る道筋の軒先に 出された鉢植えの植物を私は楽しみに見て歩く。どこの路地にも素焼きの鉢、陶製の壺、プラス チックのプランター、発泡スチロールの箱、古い火鉢、果ては石油缶やバケツに至るまで雑多な 入れ物に植え付けられ、草花や野菜が育っている。表通り裏通りの別なくどの季節にも何かしら 花ひらくものがあり実がなる。ひっそりと並ぶシュンラン、二階まで伸びる朝顔の蔓、ご近所で 株を分け合ったらしいコエビソウ、マンションのエントランスに開く芍薬等々。植木鉢パワーの めざましさといったら!また古い石垣の影に群生するシャガや屋敷の塀から溢れ出る薔薇、閉ざ されたままの門の向こうの孟宗竹、あるいは深い影を落とすヒマラヤ杉の大木、そしてしめ縄を 巻かれた大クスの木もある。銀杏並木はいうまでもない。右京山の桜並木 がマンション建設のため住民の反対運動を押し切って間引きされてしまったのは無念だったが、本郷界隈の道筋には脈々と自然のいのちが息づいている。

街は多彩な表情を見せてくれる。東京にはいろいろな街があるが、本郷界隈には 今もそこはかとない潤いが漂うようだ。台地と低地を坂が結び、江戸の名残と東京の勢いが絡み合い、 路地が高層建築を見上げている。この古くて新しい街は、今までに数限りない若者たちの野心や挫折を包み込む土地でもあったはずだ。大きな大学もあれば、小さな大学もある。それぞれがこの街に育てられ、この街に貢献してきた。緑を求めて街を歩き回りながら私はいつも思う。今ここで学ぶものたちは街の深いところから響いてくる歴史の声を聴き、都市の緑の発散する精気を充分浴びているだろうか、そしてここを経由した人々はこの街の深い緑陰を思い出すことがあるのだろうかと。

 

初出 東洋学園「研究室だより 36」2004年12月1日発行

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