風のたより


6. 夏の旅

西には西だけの正しさがあるという
東には東の正しさがあるという
何も知らないのは さすらう者ばかり
日ごと夜ごと変わる風向きにまどうだけ
風に追われて消えかける歌を僕は聞く
風をくぐって僕は応える
あの日々は消えても まだ夢は消えない
君よ歌ってくれ 僕に歌ってくれ
忘れない忘れないものもここにあるよと

中島みゆき 「旅人のうた」

果てのない仕事。徹夜に近い日々が続き、ようやく少し手が空いてきた頃、遅い梅雨明け。わずかな休暇の間にしてみたいことはいくらもあるけれど、先ずは機械の前に座り込んで、書き散らしたままのファイルを読み返し、その行く先を思案します。殆どは「ゴミ箱」へ、乃至は「削除」ボタンを。残った幾ばくかの中から拾い集めて、ささやかな歌集を編むことにします。そう、まるでこどもの靴下でも手編みするようにして、私は自分の拙いことばをほどいたり結んだりしています。靴下ほどの役にも立たぬものなのに。原稿用紙や反故紙なら自然の風に吹き散らされて失せるでしょうに、パソコンの中のファイルはハードディスクが壊れない限り、自らの意志で消すしかありません。どんな無意味なことばに対しても曖昧さのない頑固なメカニズム。しかもモニターに映し出されて目の前に立ち現れるものだから、蒸し暑い街の夜が、尚一層蒸し暑くなります。この際情念などというものは「削除」です。軽快になりましょう。私のことばよ風になれ。さあ、ここじゃない何処かへ。ささやかな夏の旅歌を。


 

           (1)

長岡行1998年8月

信濃川花火の宵を押しつぶす
         濁流の跡草尚立たず

長岡は雁木のめぐる商店に
         夏祭りなる提灯揺らす

父祖の地は沢の奥なる宿に来て
          蝉時雨浴び露天風呂かな

母と吾子、我の書きたる川の字は
          一夜限りの女系譜か

初参りこれが最後の訪越と
         思えど再会約しおるなり

血の底に潜みおりたる声のして
         越後の田畑我を抱きとむ

幾たびも祖母物語る雪の原
        青き稲穂の海に沈める      

その国の柔らなことば語らいし
        人の確執客には見えず

金箔の仏壇擁す座敷奥
       余所人迎ふ位牌整列

山林をなぎ倒したる公園の
        舗装路でする夏スキーかな

携帯で父と語らう娘なり
        彼岸の父よ我に応えよ

母上に伴われたる鎮魂の
        旅なりしばし娘に返る

山里の白き芙蓉を蔭にして
         バス停に立つ見送りの人

感傷をおくほど深き因縁を
          土地に覚えず三世の我

トンネルを抜けて戻れば驟雨降る
            関東平野は盛夏を知らず

           (2)

        To My Friends

こちらから見にゆく便りwebの
          アドレス打ちて開くときめき

遙かなる郷に旅する友ありて
          くつろぎの笑みモニターで見る

夏雲と海の色さえ南国は
        ピクセル知らず輝きわたる

街の夜が送ることばは迷いなく
          届きたるらし仙境の奥

「私」の一人称を脱ぎ捨てて
          湯に流しませ憂愁あれば

モバイルが本道と言うパソコンの
            猛者炎天にページ更新

ひりひりと痛きことばのResponse
           承知でメール性懲りも無く

ボードには知る幾人の楽しげな
           書き込み我は黙して読めり

             (3)

  Tokyo Disneyland, Summer 1998


鈍色の湾岸を行く夏休み
         模倣の国の虚構目指して

ピノキオをロバに変えたる遊び国
            人波既に我を飲み込む

買出しの列にあらざり飽食の
          民は並びて幻覚求む

祝祭を演じる音と光なり
        我も呆けて闇に漂う

札びらを巧みに切らす装置かな
            興奮去れば文無し親子

潮干狩りした遠浅の海埋めて
         おとぎばなしの舞台立て積む

幼子と呼べる月日は既に果つ
          プーと肩組むすました笑顔

椰子の木はカリフォルニアの紺碧に
            似合うここでは湿度に霞む

館では電子仕掛けの人形が
          売る夢タイムトラベルと呼ぶ

体感のある仮想現実が
        瞬時現を無きものにする

夢覚めて「生活行き」の切符買う
           赤とんぼ舞う浜の夕べに


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