歌姫

 

電話の奥でからからと笑う声

 

「なあに、今ごろ青春してるの?

失恋の歌、歌う人でしょ? 」

 

歌姫のことを人はそう呼ぶ

 

「知らなかったの

あんなに心をゆさぶる歌だと

甘い恋の成就など

誰が聴きたいものですか

愛の賛歌もいらないわ

一人を歌うことは滑稽?

あの人は私とおない年  

私がうかうか生きていた間

ずっと歌っていた人

そして書く人創る人

孤独の奥に分け入って

ことばを生み出す人

赤ん坊を生むだけが

女ではないでしょう

 

報われぬ思いの深さを

歌うことばが小さな世界?

ミニマリズムでは片付かない

所詮人は小さなもの

でも宇宙をはらんでいる

一人で立って一人で歩く

それを歌っている人

振り返っ見るといい

誰もいやしないから

みんな一人で旅をしている

それを思い出させる歌

颯爽と軽快に小気味よく

物憂げに恨みがましく執拗に

愛らしく切なく哀しく頼りなく

明晰に直覚的に逆説的に

ことばを旋律に溶かし込む

美酒のからだに回るよう

 

今ごろって笑っているの?

もう古いっていいたいの?

いいわ、笑っていていいわ

夢中になっていると笑うのね?

いいわよ無理して聴かなくても

私には聞こえるの

巷にたたずむ美神 の声が

ええまた今度いつかそのうち

お会いしたらお話しするわ」

 

電話は苦手

心に思うことは言えない

機械に向かって書く方が

余程性に合うようで

ますます人と遠ざかる

そこで出会った歌姫に

魅せられたのが運の尽き

 


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