「窓越しの対話」
――インターネットでことばを磨く――

東洋女子短期大学・東洋学園大学 ことばを考える会編
シリーズ ことばのスペクトル 『対話』所収
リーベル出版 (2001年3月10日発行)

北田敬子

デジタル機器と関わらずに一日を過ごすことがむしろ稀になった生活の中で、情報の受け手一方だった個人も発信する時代がきた。人の活動と切り離せない「ことば」もまた、この時代の変化に応じて変貌を遂げている。人と人がどのようにデジタル通信機器と向き合い、どのように新たな人間関係を築いていくのか、インターネットの利用を中心に考えてみたい。パソコンのモニターを通して、隔靴掻痒の感もあるいわば「窓越しの対話」についての観察を報告しよう。

<1> サイバースペースの書きことば

  インターネットが広く人々に受け入れられるようになって、私たちの「対話」の形にも様々な変化が出てきた。「対話」といえば面と向かって語り合うことであったり、電話で互いの声を聞きながらことばを交わすことであったはずが、今や私たちは物理的な時間にも空間にも縛られないで交流する手段を得た。進化し続けるコンピュータネットワークの中で、二十世紀末から二十一世紀初頭の現在、人々に最も愛用されているのは電子メールとホームページだろう。出だしのところでいくつか面倒な設定に阻まれたり、キーボード入力やマウスの使い方に戸惑うことはあっても、いざサイバースペースに乗り出してしまえば、そこは目に見えない広々とした宇宙であることがすぐ分かる。そこでのコミュニケーションを可能にするプロトコルから外れるわけにはいかないけれど、コンピュータによる交信を開始した人々は、瞬く間にサイバースペースの住人となり、そこが目に見える世界と同様の実体をもって存在するのを感じるにちがいない。

サイバースペースでの対話は基本的に文字による書きことばとして発達してきた。電子メール(この後は「メール」と記載)はビジネスの用途であれ、プライベートな用途であれ、電話での会話のように相手の呼吸、声色、反応を瞬時に感覚でとらえて判断しながら相手との距離をはかることが出来ない。あくまでも相手の言いたいことを文字で受け取り、判読してこちらも文字で返す。いきおい発信、受信いずれも「独り言」の様相を帯びる。大切なのは、書きことばを介して伝達内容と相手の心情、意図を読みとる力、またこちらの心情や意図を相手に書きことばで伝える表現力ということになる。ことばの一方通行を避けるために、メール独特の「書き方の作法」も出来つつある。例えば相手の発言を引用符付きで取り込みつつ返信を書き送り、次回は両者の発言の重点箇所を再び引用して新しいメッセージを加える、といった意識的な対話形成のプロセスがそれだ。これも考えようによっては、自分で勝手に対話をこしらえている「独り言」の変形かも知れない。しかし、このような「編集」もメールにおいては「表現力」の一環として働く。行ったきりの手紙と違って、メールの場合は「送信済みトレイ」に出したメールは残るし、周到な書き手なら常にブラインド・カーボン・コピー (BCC) 機能を使って自分宛に同一メールを送付し、誰との間にどのようなやり取りが行われたか記録しておくだろう。相手ごとのフォルダーを作成して整理すれば、必要なときたちどころに交信履歴を振り返ってみられる。デジタル対話における表現力は、機器とそこに装備されたソフトの機能を工夫して使いこなすことと不可分になる。


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