New Zealand紀行
「光を観に行く」
初出 田崎清忠催
Writers Studios
2018年 4-5月

写真ページ / Photos
Traveling in
New Zealand

New Zealand紀行

「光を観に行く」

1 海外旅行に行く理由 (1) (2)
2 降っても照っても (1) (2)
3 氷河と銀嶺 (1) (2)
4 カーヴする鉄路 (1) (2)
5 よみがえる街角 (1) (2)
6 海へゆくもの (1) (2)

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New Zealand紀行 「光を観に行く」

4  カーヴする鉄路

K. Kitada

(2)

千変万化する風景を撮るのはもちろんのこと、私が狙っていたのは先頭から後方に向けてカーヴする車両をレンズに収めることだった。それは走行する車両の中からしか撮れないカットだ。しかも窓に阻まれていては絶対に不可能なので、展望デッキは理想的な撮影場所である。微かに傾いた車体がきれいにカーヴするところを私は何枚も撮った。なぜそんなショットが欲しかったのか?おそらくそれは列車で旅している瞬間の何よりの証であり、鉄道に纏わりつく旅情そのもののイメージに思えるからだろう。

しかし甘いセンチメンタルジャーニーはあっという間に遮断された。列車がSouthern Alpsの山中にかかると一気に天候は悪化し、激しい風雨が襲ってきた。天蓋しかない展望車両はひとたまりもない。一人また一人と去ってそこに残ったのは私ともうひとりの女性だけになった。根比べもそうは続かない。第一カメラが濡れる。二人共最後はほうほうの体で座席に撤退した。恨めしいことに座席に戻ったあと、風景は更に変化に富んだものになり、豪雨のせいで増水した川は土色の濁流となって暴れ狂っている。そんな場面をものに出来るのは装備を整えたプロフェッショナルだけだ。俄カメラマンなどの出る幕はない。

Greymouthに到着しても雨はまだ降り続いていた。線路をまたいで駆け込んだファーストフード店でサンドイッチをかき込むのが精一杯。情緒どころの話ではない。あっという間に帰りの列車は出発した。物見高い私も指定席に収まっているしかなかった。だがそこで初めて気づいたのは、Tranzalpine号のガイドアナウンスの美しさだった。それまで耳にしてきたのは、バスの運転手の独り言のような解説やフレンドリーなのが取り柄の添乗員の声音ばかりだった。ところがそのイヤホンから流れる女声の明快さ、悠揚迫らぬピッチ、メリハリの効いた発音はなんとも心地よい。これを録音して日本に持ち帰れないものだろうかと真剣に考えたほどである。(イヤホンで選べる言語は英語と中国語だけだった。)

流れる風景を窓の外に追いながら、私は日本の鉄道のことを思い出していた。学生時代に友人たちと何度か乗った只見線?それは上越線小出駅と会津若松駅を結ぶローカル線で、夏の滴る緑の中を行く只見川の渓谷沿いの風景を、スイスもかくやと想像したものだ。だがこれからは「NZのTranzalpineといい勝負」と言うことにしよう。2011年の新潟・福島豪雨の被害の影響で未だに一部区間が寸断されたままになっている。東日本大震災で流された太平洋沿岸のローカル線といい、風光明媚な鉄道路線は自然災害の大打撃を受けた。のんきに外国の列車に乗って案じているだけではどうにもならないと承知の上で、私は鉄路の復活を心から願った。鉄道は実用とともに貴重な観光資源でもある。子供の頃の、窓を開け放って風を受けながら走ったのどかさはもう取り戻せないとしても。

行って帰るだけの鉄道旅行を終え、私たちは日の暮れたChristchurchに戻った。泊まっていた簡素なホテルから夕食を求めて街に出た。Hagley Parkの北側で街の中心からはかなり離れている。道路沿いに開いている食堂は何軒もあったけれど、さて何処に入ろうかと考えるとなかなか決心がつかない。歩けど歩けどスーパーにも行き着かない。些か意気消沈しかけていた時、ふと“Prince of Persia”という物語のような看板が目に入った。実ににこやかで丁寧な店主の応対に助けられ、残った食べ物はdoggy bagに入れてもらい、結局翌朝までご馳走が続いた。列車の振動、渓谷の光景、山の嵐、女声アナウンスの英語、そして締めのイラン料理?それらの記憶は今も私の胸に美しいカーヴを描いている。

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