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徒歩記 1 「本郷菊坂路地めぐり」
        The Amazing Maze
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行ってみたい場所があった。雑誌のグラビアページ、旅行ガイドブック、文学史の本、新聞の街角紹介などで何度か見たことがある。本郷壱岐坂の勤め先から歩いていけるのは知っていたけれど、はっきり地図で確かめたことはなかった。そのうち、そのうちと思い、見当をつけて探そうとしたこともありながら結局分からずじまいだった。

これといって遠出もせずに雨続きの長い夏は終わり、久しぶりに青空の広がった九月の初め、今度こそ私は本郷菊坂にあるはずのその場所へ行ってみることにした。

壱岐坂から旧弓町へ折れ、春日通りを渡ったところに若者でいつも満杯のFire Houseというバーガーレストランがある。学生が嬉々としてアルバイトしていたのを思い出す。その角を曲がったとたんに、都会の喧噪がすっと消えてゆく。クリーム色とピンク色に塗り分けられた本郷小学校(旧真砂小学校)の超現代アート風校舎からも子供の歓声は聞こえてこない。その先の瀟洒なマンションの一階はついこの前まで「文京区女性センター」と呼ばれていたのが、時代の趨勢を表して「文京区男女平等センター」と看板を掛け替えた。そこから本妙寺坂は大きくカーブし、下りきったところで菊坂に出会う。

さて、と私は日傘の柄を握りしめ西の方向にゆっくり歩き始めた。菊坂の表通りでないのは分かっているから、どこかで路地に降りなくてはならない。真昼の菊坂は時折車が走るものの人影はまばらだった。ふと見上げると北側に長い石段がある。門柱には「曹洞宗 長泉寺」と朱書きしてあり、夏草がそよいでいた。寄り道することにして私は石段を上がる。さして広い境内ではない。おそらく著名人の墓がいくつかあるのだろう。知らぬが仏、行きたい場所は別にある。菊坂に面した山門前の石段てっぺんから少し目を上げると、正面の緑に縁取られた崖上後方には幾重にも背の高いビルが連なっている。それらを遠い高峰とすると、さしずめ菊坂は渓谷だ。石段の脇を、小さなトカゲが青く光る背中を見せてちょろちょろ抜けていった。

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